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大阪地方裁判所 昭和42年(行ウ)80号 決定 1970年6月02日

申立人 株式会社 今正

被申立人 東税務署長

訴訟代理人 鎌田泰輝 外七名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人(原告)の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

申立人(原告、以下単に原告という。)は、

「被申立人(被告、以下単に被告という。)は、左記の文章を提出せよ。

(一)  大阪国税局作成にかかる、小売業者の自家消費物品に対する税務官署の卸小売の判定基準を記載した、国税庁または国税局の通達

(二)  本件更正処分の際、被告において調査した関係書類(但し本件訴訟において証拠として提出されたものを除く。)」

との文書提出命令を求めた。

第二原告の申立理由

一、申立ての趣旨(一)記載の文書(以下単に(一)の文書という。)および同二記載の文書(以下単に目の文書という。)は、いずれも被告が所持している文書であるが、原告はこれらの文書をもつて、小売業者の自家消費物品に対する税務官署の卸・小売の判定基準を立証しようとするものであり、また、被告がこれらの文書の提出義務を負担する原因は、民事訴訟法三一二条三号である。

二、民事訴訟法三一二条が定める文書提出義務は、裁判の公正を担保するための公法上の義務である。そして、行政訴訟においては、右規定の文言に拘泥して文書提出義務の範囲を限定することは妥当ではない。即ち、行政庁による処分は、法による行政の要請からいつて、公正かつ明朗な手続を経てなされるべきものであるところ、本件のように、その処分の当否が争われている場合には、当該処分の公正妥当なることを担保する文書は、ひろくこれを法廷に顕出せしめるべきであつて、このことが行政訴訟における実体的真実の発見、ひいては公正な行政の確保に資することになるのである。したがつて、行政訴訟において、文書提出命令の可否について判断する場合には、民事訴訟におけるように限定的にでなく、行政訴訟の特質に照らして、これを拡張的に解すべきである。

原告が提出を求めている各文書のうち、(一)の文書は、販売業者の自家消費物品に対する税務官署の御・小売の判定基準を示しており、被告がなした小売認定の誤りを主張する原告にとつて、その立証上右文書は欠くべからざる文書である。また、(二)の文書は、被告がなした小売認定の基礎となつた事実資料であり、被告が本件更正処分の生成過程において作成した文書であつて、その当否を判断するについて、欠くべからざる証拠である。

第三被告の意見

一、本件各文書は、いずれも民事訴訟法三一二条三号に該当しない。

民事訴訟法三一二条三号は、私法上の法律関係について、その法律関係を明確にする目的で、当該法律関係の当事者間において作成または使用等がなされた文書であつて、それなくしては、挙証者に立証の方法がない場合に、当事者の一方である所持者にこれを提出させることが、信義と公平にかなう所以であるという趣旨に基づいて設けられているのである。

ところで、(一)の文書は、恐らく大阪国税局作成にかかる物品税取扱事例集を指しているものと解されるが、これは行政庁内部における一般的な行政方針の指示等を集録した内部間の文書である。

また(二)の文書は、納税者の申告が過少であると認められた場合に、更正処分をなすために課税庁が自ら収集し、作成した資料であるが、これらの資料は、もともと公益のために行政庁が作成保存する内部的資料にとどまるものであつて、原告との間の法律関係につき作成された文書であるといえないばかりでなく、税務訴訟においては、審理の対象は課税標準等の存否であるから、処分時の調査資料等は単に歴史的事実を証するものにすぎず、右課税標準等の存否とは関係がないのであつて、通常の行政処分における内部的資料とさえ同視できないものである。

要するに、本件各文書は、それが挙証者の利益のために作成されたものではなく、また挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成されたものでもないことが明らかであり、民事訴訟法三一二条三号が予定している場合とは根本的にその地盤を異にしているから、その適用ないし類推適用する余地は全くない。

二、本件各文書は、いずれもその必要性がない。

本件においては、ある行為を小売とみるか否かという事実認定の問題が争点となつているにすぎないから、税務官署の判定基準を立証する必要は毫もない。これを要するに、原告が提出を求める本件各文書は、本件訴訟の争点とは無関係である。

第四当裁判所の判断

一、原告が提出を求めている(一)の文書が果して何を指しているのか必ずしも明確ではないが、被告の意見を斟酌すれば、大阪国税局作成にかかる物品税取扱事例集を指しているものと解せられ、また、(二)の文書についても、被告の意見によれば、原告の主張に対応する文書が存在するものと認められ、これらの文書をいずれも被告が所持していることは、被告の認めるところである。

二、そこで、本件各文書が民事訴訟法三一二条三号に該当する文書であるかどうかについて検討することとするが、本件各文書が原告の利益のために作成された文書に該当しないことは、原告の主張自体によつても明らかである。よつて、本件各文書が同号後段にいう、挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書に該当するかどうかについて、判断する。

ところで、ここにいう、挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書のみならず、右法律関係の生成する過程で作成された文書等、その法律関係に関係のある事項を記載した文書をも包含するものと解すべきであるが、右条項の趣旨とするところは、もともと書証の申出は当事者がその自ら所持する文書を現実に提出することをもつて原則とされているところ、挙証者の立証に必要な文書を、たまたま当該訴訟の相手方または第三者が所持していて、任意の提出が期待できない場合に、主として衡平の見地から、文書の所持者に提出義務を負担せしめて、挙証者の立証の便宜を図るとともに、訴訟の真実発見にも役立てようというところに存するものと解せられるから、この文書提出義務のために、当該文書の所持者に不必要な不利益を及ぼすようなことは許されない。それ故、所持者がもつぱら自己使用のために作成した内部的文書は右条項にいう文書に該当しないものといわなければならない。これを本件についてみるに、(一)の文書は、物品税に関する取扱いを統一するために発せられた行政方針の指示等を大阪国税局において集録したものであるから、これがもつぱら自己使用のために作成された内部的文書にすぎないことは言を侯たないところであり、また(二)の文書も、原告の申告が過少であると認められたため、本件更正処分をなす準備作業として、その公正さを担保せんとする意図の下に、被告がもつぱら自己使用の目的をもつて収集作成した文書であることが明らかである。この点について、原告は、行政訴訟において、文書提出命令の可否について判断する場合には、民事訴訟におけるように限定的にではなく、行政訴訟の特質に照らして、これを拡張的に解すべきである旨主張するが、このような見解は当裁判所の採らないところである。

三、そうすると、本件文書提出命令の申立てはその理由がないことに帰するから、これを却下することとし、申立費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 日野達蔵 喜多村治雄 仙波厚)

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